体癖のキホン③ 1つじゃない
一人の人に体癖の種と種が複合していることを、”複合体癖”と言います。
当協会では5万名ほどの体を検査し、「一つの種しかない人はおらず、誰でも2つ、ないし3つの種が複合している」と結論づけています。
つまり人は、誰もが複合体癖なのです。
もっと厳密に言えば、人は誰でも一種から十種の体癖的要素を持っており、その中で特に濃いものを何種と呼んでいます。
それもそのはず、五種でない人でも肺はあって呼吸しますし、前後運動もしますし、利害を計算しますね。
それでも五種であれば呼吸に特徴があり(息を吐いても吐き切れない)、無意識の前後運動の頻度が多く、他の種よりも利害に敏感です。
三種でない人でも肝臓はありますし、左右運動もしますし、感情で物事を判断することもありますね。
三種なら、それらの特徴がもっと濃いのです。
五種と三種が複合していれば、五種と三種の身体的特徴が整体術の検査によって同時に検出できます。
五種らしく脚が細く、三種らしく肋骨が出っ張っています。
言動も、五種と三種を混ぜたような言動をとります。
五種らしく計算し、三種らしく明るく振る舞うのです。
その一方で、五種と三種が複合している人の心は、どうでしょう?
ある時は好き嫌いは関係なく利害で物事を決め、ある時は利害を無視して好き嫌いで物事を判断します。
利害と好き嫌いの間で、葛藤します。
そのように、心が矛盾するのです。
複合体癖という捉え方は、私たち人間の心は迷い、葛藤するのがデフォルト(標準)であることを教えてくれます。
しかしながら、自分にどのような種(部品)があるのかを知ることができると、矛盾や迷いや葛藤も解消されていきます。
「仕事では五種として生きよう、プライベートでは自分の中の三種ちゃんを大切にしよう」といった感じに。
それぞれの種の要求の方向を満たすことが大切なのですね。
そして、目の前の相手がどのような複合体癖なのか?を洞察することで、より適切なコミュニケーションをとることができるようになっていきます。
四種八種らしい人が相手なら否定せず話を聞く姿勢をとることができるようになりますし、二種九種の特徴が濃く見られる人になら適切な指示と「なぜ?」に応える材料を用意するようになるでしょう。
さらに複合体癖は、一つの種の強みを他の種が減らしたり、増やしたりもします。
お互いをカバーし合ったり、その逆にお互いの良さを打ち消し合ったりする例も見られます。
それらを決めるのは、「どの種とどの種が複合しているから、いい/悪い」ということではなく、その複合体癖を持っている人の在り方や、高潮と低潮の体の波、それぞれの種の要求の方向を満たしているかどうか、ストロークの溜まり具合、環境や状況などです。
つまり、どの複合体癖でも、私たちはもっと素晴らしくなれるのです。
【複合体癖の法則】
複合体癖にはいくつかの法則があります。
①同じ”型”の種同士では、同時には複合することはない
同じ上下型の一種と二種は複合することはありませんし、同じ左右型の三種と四種も同時には複合することはありません。
前後型同士(五種と六種)、捻れ型同士(七種と八種)、開閉型同士(九種と十種)も、同時には複合しません。
上を向きながら下を向くことはできませんし、左に寄りながら右に寄ることはできませんね。
②高潮と低潮の波によって、奇数と偶数が逆転する人もいる
高潮時には三種七種でも、低潮時には四種七種になる人もいます。
特に左右型にはそういった人も少なくありません。
心理的な変化だけでなく、ゆがみのある椎骨(背骨)が変わるなど、身体的特徴の変化も検査によって検出されます。
③高潮と低潮の波によって、複合している種の数が異なる人もいる
高潮時には四種八種一種と3つの種が複合されているのに、低潮時には四種八種と2つになる人もいます。
それとは逆に、高潮時には十種五種と2つなのに、低潮時には七種十種五種と3つになる人もいます。
こちらも、心理的な変化だけでなく、ゆがみのある椎骨(背骨)が変わるなど、身体的特徴の変化も検出されます。
④高潮と低潮の波によって、複合されている種が変わる人もいる
高潮時には四種一種六種なのに、低潮時には四種九種六種になる人もいます。
こういった人の体癖は、高潮時にも低潮時にもすべての種の身体的特徴が観察や触診によって見つけられますが、検査では高潮時・低潮時どちらかのゆがみしか検出されません。
⑤高潮と低潮の波によって、複合されている種の構成は変わらず順番が変わる人もいる
高潮時には九種一種四種なのに、低潮時には一種九種四種になる人もいます。
こういった人の体癖は、身体的特徴の順番の変化が検査によって検出されますが、心理や言動などの変化は順番の通りでない場合も多々見られます。
※種の順番について※
体癖の種とは”人格の違い”というよりは、”要求の方向”であり、要求の方向が満たされている種と、満たされていない種とでは、表出が異なることが確認されます。
例えば体からの検査で三種六種だったとして、三種の要求の方向(感情の鬱散)は普段の生活で満たされているけれど、六種の要求の方向(エネルギーの集注=人からの注目を浴びる)は満たされていない場合、三種の言動より、六種の言動が濃く表れる傾向があります。
これはちょうど、お腹が空いている時に空腹を満たした後とその前で人柄が変わる、睡眠の前と後で変わる、性を満たす前と後で変わるといった現象に似ています。
ただし、体から体癖を検査する場合、その人を構成する種のいずれかの要求が満たされていても満たされていなくても、すべて満たされていても満たされていなくても、(高潮と低潮の体の波を除けば)順番は変わりません。
そう、日常で体癖を参考にして生活をしていく上で、順番はあまり関係がない、というのが当協会の見解です。
三種六種でも、「三種の方が重要で、六種はそれほど重視しなくてもいい」ということではなく、三種と六種は同じくらい大切な構成要素として扱います。
1番目の種の要求の方向も、2番目や3番目の種の要求の方向も、きちんと満たしていくことが大切、という信念で活動しております。
ですので、当協会では”メインとサブ”、”表と裏”、”順番の違いによる人格の違い”といった、順番がその体癖の人にもたらす影響については区分はしておりません。
では、種の順番がどのような意味があるのかというと、”整体施術において調整する順序”という場面において、大いなる意味があるのです。
それに関してはかなり専門的になり、体癖調整士講座などで扱う内容になりますので、この項では割愛いたします。
⑥高潮時も低潮時も、同じ数・構成・順番の人もいる
高潮時も低潮時も、八種九種の人もいます。
※高潮と低潮の体の波によって、体癖が変わる人とそうでない人の区分※
体癖は一種から十二種まであり、十一種と十二種に関しては、それ以外の種と大きな違いがあります。
他の体癖は体のある部分に独特な偏り運動習性があるものなのに対して、十一種と十二種はそういった特徴はなく、体そのもののある状態という面が濃いのです。
十一種と十二種について、野口晴哉先生は”硬柔型”としており、「十一種は過敏反応で、十二種は反応遅鈍」としています。
つまり、十一種は変化しやすい体で、十二種は変化しづらい体の体癖だと言えます。
当協会では、”高潮と低潮の体の波によって体癖が変わる人は十一種、変わらない人は十二種”として扱っており、誰もが十一種か十二種のいずれかに区分されると定義しております。



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